3DO
日本では、1994年3月に松下電器から3DO REALがスプライトや動画再生能力を持つ32bitゲーム機の先駆けとして登場、三洋電機からも3DO
TRYが発売。
3D機能や動画機能などを備えた次世代機の先駆けとして注目されるも、あくまで情報家電という位置づけ(インタラクティブ・マルチプレイヤーと称していた)で販売されます。
原価以上に販売価格を設定せざるを得ず、他のゲーム機と比べて高めであった。
高価であったことや、セガサターンやプレイステーションを始めとする他社競合製品の登場により、あまり普及しませんでした。
初期のゲームソフトも輸入ものが多く、日本人に馴染みにくい内容だったのも原因とも言われています。
「Dの食卓」「スーパーストリートファイターII X」といった名作も発売されてますが、キラーソフトが継続的に出ず徐々に失速しました。
この状態により既に確固たるユーザー層を積み上げてしのぎを削り合う状態になったセガサターンとプレイステーションの勢いに追いつくことが出来なくなります。
さらには1996年6月には任天堂の「NINTENDO64」が発売されたことで、ユーザーの興味はほぼ完全にサターン・PS・64の3機種に絞られてしまいます。
ここで、ユーザーを再び3DOに振り返らせる術を失ってしまいました。
前評判が良く話題になった機械だったのですが、次世代機競争の最も激しい時期に出たのが裏目に・・。
本体の性能を発揮できないまま不発に終わった、残念なハードです。